今回は目には見ることができないもの。大胆に「風」をテーマにしました。万葉花便りと銘打っていますが古人(いにしえびと)から現代人に通じる美意識、感性の鋭さは花の美しさと何ら変わりない、という視点から「風」について少しお付き合いください。
 さて、何故8月は「風」なのでしょう。日本の夏は湿度が高く、しかも暑い。各季節の変わり目の中では冬から春、夏から秋への微妙な変化に、それぞれの季節を心待ちにする切実な思いが感じられます。特に温暖化による度を超す猛暑の夏。涼風を待つ心はとみに強まってきています。ゆえに八月のテーマを「風」にしました。
 実は日本の自然美を表すのに代表的な四字熟語と三字熟語があります。「花鳥風月」と「雪月花」です。2015年の12月に「雪」を取り上げました。今回は「風」。古来より風は日本の文化の中で様々な分野で行く通りもの使われ方をしています。今回は四季それぞれにいくつもの語句として存在してきた「風」に注目してみました。季節を表す風の名はいろいろありました。初めて触れる語句もありました。それだけ自然現象に対する感性が強い証でしょう。其の中でも比較的、身近な季節の風を挙げてみました。

春=東風、春一番、花嵐……
夏=風薫る(くんぷう)、晴嵐(若葉の頃に吹く強い風)、南風(はえ:真南の風)、熱風…
秋=初風(初秋の風)、涼風(すずかぜ)、秋風、金風(秋吹く風:昔から秋のことを「金」と表現する。実りの秋だからか)…
冬=空っ風、寒風、北風、雪風、隙間風…

 厳冬の中で心から春を待ち望む気持ちから、ほんの少しの風の変化で春を判じる。また猛暑、酷暑に苦しめられながら、爽やかな秋の訪れを心待ちにする中で夏の夜にわずかに吹く風で秋の足音を聞く喜び…四季の移ろいが明確に感じられる日本にいるからこその繊細な感受性なのでしょう。
 風鈴はその最たるものでしょうか。夏に購入し音を愛でながら耳で涼しさを感じる。そして、その中から秋の訪れに心惹かれる。江戸風鈴の目で、耳で風を感じる風情も捨てがたいですが、個人的には南部風鈴の澄み切った音色が大好きです。昨今はうるさいと苦情を言う無粋な輩が出没し始めたと…世知辛くなってきました…ますます気持ちにゆとりが無くなってきたということですね。
 風には神も宿る、という発想が世界中に伝わっています。数えきれないので代表的な神を挙げることにしましょう。古事記にも出てくる風の神(男女二柱)、風神、神風…ギリシャにはゼフィロス(西風の神)…
風という文字を調べてみました。左の写真が甲骨文字です。何だかよくわかりませんが鳥を表しているとのこと。古来、中国では大鳥(鳳)の姿をした神様が風を起こすと信じられていました。鳳の文字から鳥が虫に…実は虫は竜を表していると言います。ある時期から風を起こす神が鳥から竜に変化したのですかね。

 さて、能書きが長すぎて失礼しました。残暑の厳しい八月。二十日すぎると夜風に、ハッと驚かされる秋への季節の移ろいが感じられる候。
次は夏から秋への移ろいを微妙な感性で詠いこんだ有名な和歌。

秋来ぬと 目には清かに見えねども 風の音にぞ 驚ろかれぬる  藤原敏行 古今和歌集169
現代訳(もう秋がきたんだなあ…見えるものに、はっきりとはわからないけれども、微かにそよいでいく風に秋の訪れがそこまで来ていることに驚かされることだ)

この寝ぬる夜の間に 秋は来にけらし 朝けの風の昨日にも似ぬ  藤原季道 新古今287
現代訳(寝ている夜の間に、秋はもう来てしまったのですね。明け方の風は何と昨日の似ても似つかない)

 陽の光と同じように全世界の万人に目には見えないけれども、その存在を感じさせる風。しかも、季節を感じさせる。四季を感じさせる花と同じような古来よりの尊い存在だと思います。今日はエアコンをひと時止めて夜風に身を委ねてみませんか?

【文・写真】戸引 一博