水仙には次のような思い出があります。私事ですみません。まだ20歳前後でしょうか。除夜の鐘を突きに鎌倉の瑞泉寺を訪れました。11時40分前後に山門をくぐり庭に足を踏み入れた時の感動を忘れません。何と境内の薄暗い中で水仙の香りと白い花々が出迎えてくれました。あの頃の私の季節感では2.3月に咲く花とばかり思っていました。それが大晦日に出会えた驚き。もう50年近くも昔のことです。鎌倉は今のようなラッシュアワー状態ではなく、まだまだ場所を選べば趣ある古都の風情を味わえました。この日の除夜の鐘は十数名しか並んでおらず、3回も突いた記憶があるほど大晦日の古刹は静寂の中にありました。今年の1月末にも足を運びましたが、まだ水仙は咲いていました。12月から2月頃まで楽しめる早咲きの水仙が日本水仙なのですね。

《水仙についての雑学…》
 日本水仙は小ぶりな白の花弁と、その中の黄の対比が可憐で密やかな花です。3.4月に咲く華麗で重量感のあるラッパズイセンとは一線を画す花です。
 水仙を調べてみると平安時代後期前後に薬として中国から渡来したようです。その後、日本の漢方薬関係の書物に登場し、室町時代以前には漢詩にも登場しているとの記述がありました。ただし不思議と和歌に見ることができません。
 中国では水仙のことを次のように書いてある、とのこと。「仙人は天に居れば天仙、地に居れば地仙、水に居れば水仙」。水辺に咲いていた綺麗な花の姿と香りがまるで仙人のようなところから命名されたというのです。
 水仙のいわれに関してとくに有名な話はギリシャ神話ですね。その話が学名にもなっている、と。英名「ナルシサス」。そうです!ギリシャ神話の美少年ナルシスから由来しています。泉に映った自分の姿に恋い焦がれて、とうとう衰弱し息を引き取る。彼の化身が水仙になる話です。ナルシストの語源はここからきています。水仙の花は何千年も昔から東西文化の神話に登場するほど強い印象を与えていた何とも素敵な花です。
 この稿をしたためながら、今、ある曲を思い出しています。60~70歳代の方は若い頃によく聞かれたと思います。懐かしいブラザース、フォーの「7つの水仙」。60年代の美しく優しく語るように歌うフォークソングです。「僕には人に誇れるものなど何もない。ただ朝日に輝く7つの水仙を君に見せてあげることができる…」水仙がフォークソングの歴史に残る名曲を紡ぎ出したのですね。ご存じなければネットでお聴きください。(ちなみに7つの水仙はラッパ水仙のようです)
 ただ、きれいな花には棘があるという喩え通り、この花の全草に毒があります。何と8月に登場した曼珠沙華と同様のヒガンバナ科です。確か数年前でしょうか。水仙の葉とニラを間違えて食し、中毒症状が出た、との報道がありました。まあ、これは極めてレアなケースでしょうが……
 しかし私は梅と同じように寒さの中で凛と咲く日本水仙が好きです。
 因みに水仙の別名を雪中花とも言うそうです。良き名前を付けました。

《水仙の詩》
 古典では近世(江戸時代)に水仙を詠み込む俳句が登場するようです。
 特に情景の浮かびやすい俳句をご紹介します。

そのにほい 桃より白し 水仙花   松尾芭蕉
水仙の 香やこぼれても 雪の上   加賀千代女
水仙や 寒き都の  ここかしこ   与謝蕪村

【文・写真】戸引 一博