今回は6月号になります。次の8月号までに新暦旧暦の七夕祭りが例年日本各地、さらにはご家庭でも行われるでしょう。そこで七夕祭りとは切っても切れない「竹」を取り上げました。
 実は我が家でも未だに竹に願い事を書いたり飾りつけをしています。ただし、老夫婦二人で。七夕まつりは7月7日の新暦(旧暦は8月8日。お盆と同じです。旧暦で年中行事を行うか新暦かは地域、家庭によって違いますね)と旧暦の半々でしょうか。七夕で思い出されるのは「たなばたさま」という童謡です。「♪笹の葉さらさら 軒端に揺れる お星さまキラキラ金銀砂子…」作られたのは1941年(昭和16年)。太平洋戦争という奈落の底へ突き落される、まさにその時代ですね。この歌詞でお気づきの方もいらっしゃると思いますが、7月7日に「お星さまキラキラ。それが夜空に金箔銀箔を粉にして散りばめたようにキラキラ輝いている」。そうです!新暦では、まずありえない情景。梅雨の真っただ中ですから……記憶ではこの日に天の川が見られたことがニュースになるくらいの希少価値。つまり、かつては旧暦で祝ったことがわかります。8月ならばはっきりと織姫様(織女=こと座のベガ)にも彦星様(牽牛=わし座のアルタイル)にも会えます。二人を隔てていた天の川にも……

 さて、その七夕と竹との関係は?
 竹は古来より神聖なものとされてきました。中が空洞の植物には神が宿る、と信じられていました。葦も同様です。平安時代に書かれた「竹取物語」のかぐや姫も神聖な空洞の竹の節の中から誕生します。さらに竹は根が強く、時には一日に1mも成長する生命力の象徴ともされました。葉は殺菌力が強く魔除けの役割もし、天を突くような高さでご先祖様が降りてくる目印に…この様な考えから竹に願い事ごとを書いた短冊を結わい、奈良時代には宮中で山海の幸を供え等し、お祭りをしたようです。ただ、現在のように庶民が七夕に笹飾りをし、祭としたのは江戸時代になってから、と。「織姫と彦星」の七夕伝説はご存知の通り、基は中国から伝わり、日本古来の伝説が融合したらしい。鷺宮近くで比較的に盛大な七夕まつりは阿佐ヶ谷が有名(8月に開催)ですが、昨今、ご多分に漏れず昔からの店が消えゆき、新しい店舗が増えてきたことによって、かつての伝統美に彩られ工夫を凝らした七夕飾りに変化の波が押し寄せているとのこと。これは三大七夕祭りで有名な神奈川県の平塚の七夕でも同様の傾向があると住民である友から聞きました。織姫と彦星が天の川で泣いているかもしれません。竹には様々なことわざがあります。竹を割ったような性格、竹馬の友、破竹の勢い、木に竹をつなぐ、松竹梅、竹のようなしなやかさ、雨後の竹の子………このように身近な植物だったのですね。さらに風にそよぐ葉擦れの音も風情があります。まさに「♪笹の葉サラサラ」です。

 それでは竹と(七夕)和歌(俳句)を紹介します。

我が屋戸(やど)の いささ群竹(むらたけ)  吹く風の 音のかそけき この夕べかも 大伴家持
現代訳(私の家の小さな竹の茂みに吹き渡る風 その微かな葉擦れの音が聞こえる 何としみじみとすることか)

うれしさや 七夕竹の 中を行く                      正岡子規
現代訳(子供たちが願いなどを書いた七夕の笹飾りを楽しそうに持って歩いてくる。其の間を心が温かくなる思いで通っていくのは何と嬉しいことではないか)

 竹の垣根は上鷺宮1丁目で出会えます。

【文】 戸引 一博