スミレの花 4月前後に道端、花壇などでよく目にするスミレ。12月あたりから花店に並ぶパンジー、ビオラもこの仲間です。しかし、スミレとあえて差別化を図ります。今回も日本古来の花にこだわります。女性の名前にも「スミレ」という名の方がいらっしゃいます。また、スミレというと、特にある年齢層の女性はこの歌を思い出すでしょう。「♪スミレの花、咲くころ 初めて君を知りぬ…」宝塚歌劇団の代表曲です。昭和4年に作られたようです。
俳句では芭蕉の「山路来て 何やらゆかし スミレ草」が有名ですが、この花は道端などにひっそりと咲く花。鷺宮でも一番、身近で目にしやすい花の一つではないでしょうか。
万葉集をあたってみると四首。その中でわかりやすい二首を紹介します。

春の野に すみれ摘みにと 来し吾ぞ 野を懐かしみ 一夜寝にける           山部赤人
現代訳(春の野にスミレを摘みに来た。昔、来た野原なので懐かしく思い一夜過ごしたことだ。)

 よく知られる歌ですが「え?なんのこっちゃ?意味わからん!!わざわざスミレを摘みに、いい大人が野原にわざわざ来て、そこで懐かしく思い一夜過ごした?変な時代で、変なおっちゃん!ありえへん!」こう思うのも当然です。現代感覚では到底、理解できない。そこで昔の人の思いに寄り添うために古代にタイムスリップしましょう。
まず何のためにわざわざ春の野草を摘むの??実は万葉時代(約1300年前の奈良時代)の人達は、春、野草を摘むことが大切な年中行事だったのです。冬を耐えて春に芽吹く植物に生命力を感じたのですね。2015.1月の「春の七草」の編でも触れましたが、若菜の生命力を自分に取り入れたい。さらには春の若菜には多く薬効がある、と言われてきました。つまり新春に若菜を食すると邪気を払い病気退散と信じられていました。七草粥がいい例ですね。だからこの歌の底流に潜む当時の人々の思いを理解する必要があるのです。和歌に戻ると、山部赤人はかつてこの山野に来たことがあった。それを思うと懐かしくなる。そう。スミレを含めた若菜を摘みに……当時は若菜摘みが神聖な年中行事だったので多くの人と野遊びも兼ねて山野に行ったのでしょう。食用にも、薬草効果もある山野草の若葉を採集に……だから、今日はたくさんの若菜を採った。さらに明日の採集のために今宵、若菜等の鍋を囲みながら歓談したのでしょう。因みにスミレは、かつて天ぷら、おひたし、あえ物などに…さらに薬効はルチン、フラボノイドが含まれ、止血剤等に用いられたようです。(ただしパンジーは有毒とのこと。)「スミレ摘み=若菜摘み」には、このような時代背景があったのですね。
野草摘みに関する多くの方がご存じの百人一首をご紹介しましょう。
君がため春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ=あなた様が少しでもお元気でいていただく為に、早春の野に出て若菜を摘んでいると、私の衣も、手もいつの間にか降ってきた雪に染まっている」この和歌も「スミレ摘み=若菜摘み」と同じ民俗学的な背景があります。
すみません。話が固くなってしまいましたのでもう一首、紹介して終わります。

山吹の咲きたる野辺のツボスミレ この春の雨に盛りなりけり     高田女王(おおきみ)
現代訳(山吹の咲き誇る野辺 でもそれだけに目を奪われないで。スミレもたくさん咲いている。細く白く降る春雨の中でスミレも山吹に負けず盛りを迎えている。)

 この花は種で増えますので、道端で気に入ったスミレに出会えたら種の時期まで待って自宅に蒔いてみるのも良いのでは……

【文・写真】 戸引 一博