matsu01 あと半月ほどで新年を迎え2017年になります。この年末に新年を迎えるため多くのお宅で門松を飾ることでしょう。アパート、マンションでもドアに輪飾りが見受けられます。今回、取り上げるのは「松」。町内どこでも出会える植物です。「松」も不思議な植物。昔からよく日本の生活に登場して様々な語句も生み出しました。
 白砂青松《はくしゃ(さ)せいしょう:日本の浜辺の美しさの象徴である白砂と果てしなく続く緑豊かな松林を表現した四字熟語》、松竹梅(三つの植物ともに寒さに耐えるところから、めでたいものとされる。また、物を三等級に分けるそれぞれの呼び名等)。さらに、見越しの松、松風、松葉牡丹、五葉の松、大王松、松茸…等何と多いことか。
matsu02 古来より松に対する特別な思いが感じられます。以前扱った「藤」同様、「松」が付く名前も多くあります。松田、松井、松島、松永、松尾、小松、松平、松原……もちろん家紋も多く存在します。昔から神聖視していた「松」への思いが垣間見えます。
 さて、何故、新年を飾る植物が「松」なのでしょうか(地域によっては榊、楠等を飾るところもあるそうです)。松は一年を通して常緑で不変の生命力と、繁栄の象徴とされてきました。さらに、松は「祀る」につながり、神が宿る樹木と言われてきました。それを正月に各家々が歳神(としがみ)様をお迎えする、その目印「依代(よりしろ)」とするのが門松です。歳神様とは家内安全、一族繁栄、豊穣をもたらす神であり、ご先祖様とも置き換えられるようです。本来は極めて神聖なものが門松だったんですね。
matsu03 ではいつごろから門松を飾る習慣が始まったのでしょうか。中国の唐の時代からあった(諸説あり。ギリシャに源流を求めるものもある。ギリシャでは松をポセイドンの木、とし大切にしたようである。海洋国であり船づくりの適材だったのであろう)との説もありますが、日本の文献の中に初めて現れるのが平安時代後期と言われているようです。
 鎌倉末期、よく知られている徒然草を著した吉田兼好は京の都の元旦の情景を「大路のさま、松立て渡して華やかにうれしげなる」と書いた書物があるようです。つまり都大路の家々には門松が連なって飾られ華やかでうれしい…と、かの御仁は感心していました。都では「門松」の風習が広がってきたのですね。
 さらに、この後の室町時代の偉人の一人、頓智でも、現代アニメでも有名な一休さんは「門松」を詠み込んだザレ歌を作りました。新年を迎える世の人を機知と皮肉を込めた歌にしたものです。この歌はよく知られて三十一文字で作ったほど、門松はさらに定着していたのでしょう。さて、その歌は………

門松は冥土(めいど)の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし
さすがに一休さんですね。目の付け所が違う。

さらに万葉集から一首を紹介しましょう

 万葉集 梅の花 咲き散りなば 我妹子(わぎもこ)を 来(こ)むか 来(こ)じかと 我が待つ(松)の木ぞ
巻10 1922  作者未詳

※注 我妹子(わぎもこ=愛しいあなた:「妹」は万葉時代当時、男性が愛する女性のことを指して使う語)

 現代訳(梅の花が今、盛りです この花が散ってしまわぬうちに… 早く!!あなたが見に来てくださるかどうかと私は「松」の木のように「待つ」しかないのでしょうか:「松」と「待つ」を掛けています。掛詞は和歌によく使われます。百人一首にも「松」の掛詞を使った有名な歌がありますが、私は、この歌の方がはるかに親近感がわき、そしてわかりやすい、と思うのですが……)

 「♪もういくつ寝るとお正月…」。門松の意味を思い起こすと、また違った気持ちで、新たな歳が迎えられそうですね。

【文・写真】 戸引 一博