色付かない11月中旬の源光庵 丸と四角の窓が本来なら紅色に…

色付かない11月中旬の源光庵
丸と四角の窓が本来なら紅色に…


《日本の秋の異変》
 やはり、日本の秋の象徴は、抜けるような青空と、燃えるような紅葉が一番似合いますね。昨年(2015)の11月中旬に大好きな京都へ行って来ました。秋の関西は36年ぶりでしょうか。訪れた場所は高尾の神護寺、嵯峨野、圓通寺、源光庵、真如堂等、紅葉の名勝地です。しかしです。昨今の日本の、いや世界的な気候の激変をまざまざと突き付けられました。何と11月中旬で紅葉が始まっていないところが多かったことか。40年近く前の京都、奈良は11月初旬で紅葉に染まっていました。京都在住の方に聞いたのですが見頃は11月下旬から12月でも可能、と。季節の進みは一月近く遅くなっていますね。そういえば、鷺宮でも銀杏の見頃の時期に対して同様なことに気づきました。昨年、世界気象の観点から数十年後には日本から秋が消えるという衝撃的な発表がありました。心地よい春が、爽やかな秋が、人間の生み出した恐ろしい温暖化という産物で失われていく現実。これがブーメランのように人間生活に刃を向けて返ってくるのもまぎれもない現実ですね。

ナラ、クヌギなどの黄葉

ナラ、クヌギなどの黄葉


《紅葉と黄葉の違いとその歴史は?》
 奈良時代に編纂された万葉集の「こうよう」は、そのほとんどが黄葉。つまり葉が黄色く色づくさま詠んだものだといいます。そもそも「もみじ」という語源は揉んで色を出す、という意味の「もみつ」からきているそうです。この漢字も「黄葉ず」に充てるという……どうも万葉人の秋の葉の色の感覚は黄色で現代人と違っていたようです。これは中国の陰陽五行説にあるらしいという話がありました。一番高貴な色が黄色。皇帝の色とされています…奈良時代は中国の影響を一番受けていた年代。また、奈良時代の文化の中心の大和地方ではコナラ、クヌギ、ケヤキ等、黄色に色づく樹木が多く、赤くなるイロハモミジ等のカエデ類は少なかったようです。しかし、平安時代になると片仮名、平仮名等の独創的な日本独自の文化が芽生え、日本の自然の中に多く目にできる鮮やかで美しい「紅葉=もみじの赤」に本質的な美を感じ始めてきたのでしょう。この平安時代の和歌から紅葉の方が圧倒的に多く詠まれ始めたといいます。

kouyou3 当町会内で私は黄葉が美しいと思う場所は鷺宮4丁目の若葉公園内の銀杏。朝日を浴び始める頃、黄金色にキラキラ輝く、それは見事な光景です。さらに地味ではありますが上鷺宮5丁目の八成公園にはコナラ、クヌギの落葉樹とイロハモミジの木々があり、武蔵野の秋の林の面影をほんの少しは感じられると思います。

《万葉集と小倉百人一首から紅葉、黄葉をテーマに……》
 まず万葉集から一首、紹介します。

長月の 時雨の雨に 濡れとほり 春日の山は 色づきにけり    巻10 2180  作者未詳
kouyou4現代語訳《長月(陰暦では九月でしょうが新暦では十月上旬から十一月上旬になるようです。つまり現代の秋ととらえれば自然です)の雨に濡れそぼっている春日の山(奈良市内からは一番目立ち、東大寺伽藍、奈良公園、春日大社を見下ろす東方の山。別名を三笠山)が、もう色付き始めてきた》

 万葉の舞台となった奈良時代の春日の山を色づけた色はこのようなナラ、クヌギ、ケヤキ等の黄葉だったのでしょう。

kouyou5 では時代が下って平安時代に紅葉を歌った多くの皆さんがご存じの有名な和歌。最近では映画化されたその題名が「ちはやふる」がヒントです。百人一首の中の歌ですね。この歌で秋のこの項をしめます。

小倉百人一首から
ちはやふる 神代も聞かず 龍田川 唐紅に 水括るとは            在原業平
現代語訳《様々な不思議なことが起こるという神代の昔でさえ、こんなことは聞いたことがない。龍田川(奈良県の紅葉の名所)を一面に散り敷いた真っ赤な紅葉が染め上げ、川の水面をまるで一枚の真っ赤な括り染め(布の一部を摘まみ、糸で巻締め一部を白く染め抜く技法:深紅に散り敷く紅葉とところどころに見える川の水との対比)のように彩っているこの情景は…何とも言葉に表現できない…》

【文・写真】 戸引 一博