kanzou1←上鷺宮1丁目にて
75.6年前に八成山で母が採取した萱草の子孫

 

左の花が「野萱草」(のかんぞう)です。「萱草」(かんぞう)の種類には藪萱草、ニッコウキスゲ、ユウスゲ等、ユリ科でそこはかとない風情の野の花です。kanzou2よく間違えられるのは右の写真の甘草(かんぞう)。これは萱草と全く異種の植物でマメ科。花はカラスノエンドウの花のような小さなマメ科の花。この甘草は根が漢方薬に用いられ、ほとんどの原料が中国から輸入、とのことです。

マメ科甘草の花→

 話を「萱草」に戻します。実は左上の写真の花は74.5年前、昔の八成山から今は亡き母が散策に行った時に採取した萱草の子孫です。前にもご紹介しましたが八成山は上鷺宮4丁目から上鷺宮5丁目にかけて広がっていた雑木林のことです。武蔵野そのものですね。今は八成小学校、八成公園、八成橋と地名しか残っていません。この「萱草」はユリ科なので球根で増えるのですが我が家では昔から増えることなく4.5本しか咲きません。今は失われてしまった地元に息づいてきた植物。母の思いと共に大切にしたいですね。
ところで、「萱草」に関して万葉集や古典が好きな方は、深い謂われのある花……とお気づきの方もいらっしゃるでしょう。
実はこの「萱草」は「人の憂いを忘れさせてくれる花」と言われています。中国の古典で文選、詩経等に「この美しい花を見ていると憂いを忘れる」とあるそうです。日本に伝わった「萱草」は意味をそのまま活かして「忘憂草」と。さらに言い換えて万葉の時代には「忘れ草」と訓んだ、と言われています。そのために、憂いや悲しみを忘れるために、その花を身に着けたり、庭に植えたりしました。花の美しさに…、また花の蕾を食すとその美味しさに我を忘れる、というところから「萱草」を「忘憂草」または「忘れ草」とも言われたとか……「萱草」は夏の季語です。

「萱草」に関して万葉集から二首紹介いたします。

忘れ草 我が紐(ひも) に付く 香久山(かぐやま)の 古(ふ)りにし里を 忘れむがために
                                大伴旅人 巻3  334
現代訳【忘れ草の花を私の紐に付けます。今遠く大宰府に赴任している私。明日香の香具山の麓にある恋しくてたまらない懐かしい故郷への強い思いを少しでも忘れられるように、と】

忘れ草 垣もしみみに 植ゑたれど 醜(しこ) の醜草(しこくさ) なほ恋ひにけり  
                               作者不詳  巻12  3062
現代訳【憂いを払う忘れ草を垣根にあふれるほど植えたけれども、バカな! 話と全く違うではないか。全くバカな草だ!! あなたをひたすら恋しく思う気持ちが忘れられないなんて!】

 ちなみにこの「萱草=忘れ草」と全く逆の名の花があります。wasurenagusa1
ヨーロッパから明治時代に渡来したと言われている勿忘草(わすれなぐさ)。
「勿忘草」とは「私を忘れないでくださいという思いを込めた花」………
50年近く前、1964年に発表された歌。「勿忘草をあなたに」を思い出す方もいらっしゃるでしょう。歌詞の一部を紹介します。
「別れても 別れても 心の奥に……幸せ祈る 言葉に替えて 勿忘草をあなたに…」

花に人の心を重ね合わせるという思いは古来より変わらないものなのですね。

【文・写真】 戸引 一博