今回は初めてテーマが花(植物)ではありません。「雪」にしました。日本古来の自然美を……季節感の鋭敏な感性の代表する語句を……雪月花、花鳥風月等と言われてきました。この三字、四字熟語の一字、一字の文字ごとに自然美が凝縮され、それらが奈良時代から生活や古典文学の中にしっかりと息づいてきました。自然を友とし、自然と調和しながら生きてきた和の文化。その中で花と同様に和歌に多く詠みこまれてきたのが「雪」。
12月はあえて「雪」をテーマにしました。

yuki1 「雪」。雪国の方には別の感覚がありましょうが、今回はご勘弁ください。「雪」という語を使用した言葉がたくさんあります。まず伝統の建築工法では雪見障子(障子の下、半分にガラスを入れ部屋にいながら、外の雪景色を眺められる障子。ガラスの部分を障子との二枚構造にして内側の障子をスライドさせて上げることで外側のガラスから雪の庭が愛でられる凝った構造もある)があります。これは日本独特の感性で創りだされた匠の技でしょう。他に雪見に関しての用語は雪見灯籠、雪見酒、雪見露天風呂、雪見大福??…さらには雪に関しての語句としては雪景色、雪あかり、雪化粧等と、何だか心がほっこりするような「雪」を愛でる文化がありました。これも自然をこよなく愛した古人(いにしえびと)の感性だったのでしょう。
そうそう。この項を書いていて思い出しました。60年以上前に私が子供の頃、鷺宮地区では、雪が今より降っていた記憶があります。近隣の小学生との雪合戦も細い道路を雪の壁で封鎖し防護壁として双方で雪玉を汗まみれで投げ合いました。この頃《1950(昭和30)年代前半》は、鷺宮地区でもまだ太い氷柱(つらら)が各家の軒に何本も見られました。家の中でも立てつけが悪かったので隙間風が入り、室内に干していた乾かない衣類が、早朝、凍りついていたこともありました。信じられないと思いますが………当時は当然のこと、温暖化とは、まだ無縁でした。雪が…凍てつく寒さが…身近に感じられる世界が鷺宮にはありました。[注](雪見障子の画像はネットから)

話を戻すと、「雪」は奈良時代の万葉集にも、平安時代の文学にも取り入れられています。中学校の教科書にも入っている枕草子の有名な冒頭の部分。「春はあけぼの……で、冬はつとめて(早朝が素晴らしい)、「雪」の降りたるはいふべきにもあらず(「雪」が降った後の風情は言うまでもなく美しい)…」と四季の美しさの中で冬の「雪」も挙げています。

十二月(しまはし)には 淡雪降ると知らねかも 梅の花咲く ふふめらずして
(しまはし=平安時代に「しはす」に変化との説が有力)
(ふふむ=つぼみのまま)

現代訳(12月には淡雪が降ることを知らないのでしょうかねえ もう梅の花が咲いています。つぼみのままでいないで)
[注]〔旧暦の師走は新暦1月にあたります。今の感覚で約一か月遅れの感覚でしょう〕
yuki2

.

「上鷺宮1丁目の紅梅と雪」

新しき 年の初めの初春の 今日降る雪のいや重(し)け 吉事(よごと)      大伴家持

現代訳(新しく始まる年の初めの初春のこの良き日 その今日降り積もる雪のように これからも良いことがたくさんありますように)
[注](この歌をもって約4500首の万葉集は終わります。万葉集中最後を締めくくる和歌です。かつては有力貴族であった大伴氏。それが時の流れと共に藤原氏に圧倒され、今や斜陽貴族になり下がった大伴氏の長、家持。その内に秘めた様々な思いが痛いほど伝わる私の好きな万葉集の秀歌です。)

この家持の歌で、「これから迎える新年が、幸多かれ!」と祈る、まさに一年の門出にふさわしい歌として有名です。あと半月すれば新しき年、2016(平成28)年の幕開けです。皆様にとって家持の和歌のように、降り積む純白の「雪」の如く、来年、良きことがたくさんありますように。
素晴らしい年をお迎えください。

【文・写真】 戸引 一博