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 「桃の花」。町内にも4月中旬から5月初旬にかけて、よく見られる花です。じつは「桃」という名の付く花はいくつかあります。花桃、菊桃、源平桃、枝垂れ桃、山桃、…しかし、原種のモモは左の写真の一重五弁のモモの花。この花に芳醇で甘味な実が生ります。私はこの一重のモモの花が大好きです。この花こそ馥郁として素朴でこれぞまさしく色は「桃色」の原点の色。まして蕾はふっくらとして3月3日の桃の節句「女の子の健康な成長を祝う年中行事」とイメージがピッタリ。日本にも中国にも「桃の花」は「幼い娘・乙女」の可憐な象徴とされていました。今回はこの一重の桃の花を取り上げました。「桃」を詠み込んだ和歌で最も有名なものは、中学校の国語の教科書にも載っている万葉集 巻十九 大伴家持の和歌。

春の苑(その) 紅(くれなゐ)にほふ 桃の花 下(した)照る道に 出(い)で立つ娘子(をとめ)」

現代語訳「春の庭で一面に桃の花が紅色に咲いています。その花々に照らされ光に映える小道に、桃の花を見とれて、ほのかに顔を桃色に染めて佇んでいる美しき乙女よ…」

 春の庭で桃の花の美しさと可憐な乙女の競演。この時、二つの美しさは一つになったのですね。それを見事に歌いこんだ家持。観察眼と描写力に感服します。

 桃はいつごろ日本に渡って来たのでしょうか。調べると原産地は中国で日本には縄文時代前期の遺蹟で種が出土していました。また欧州ではシルクロードを経てBC(紀元前)4世紀(2400年前位)前後に伝わったそうです。では日本の文献にいつごろ掲載されたのか……何と日本最古の書物である古事記に載っています。じつは、桃の話をするためにはこれに触れなければなりません。年配の方ならご存知の方も多くいらっしゃるでしょう。そうです。「伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)神話」です。今回はあえてこの古事記の一部を紹介いたします。実はこの日本の最古の書物に「桃」が登場しますので……少しお付き合いください。「桃」と日本最古の書物である「古事記」との関係は……イザナギとイザナミとの悲しき愛の行方は…

古事記の国生み伝説等から一部のあらすじ……[二人の夫婦神(イザナギ=男神。イザナミ=女神)が大海の中に鉾を入れ、掻き回して日本列島を誕生させ、さらに様々な自然界の神を生み続ける…しかしイザナミは火の神を生み落すと、その苦しみの中で命を落とす。怒りのあまり伊邪那岐は生まれたばかりの子である火の神を斬殺する。そして伊邪那岐は愛する妻が忘れられず、とうとう禁断の国、黄泉に足を踏み入れる。しかし、現世と黄泉を隔てる大岩の扉が……躊躇していると中から声が…亡き妻の自分を慕う声。伊邪那岐は「私と一緒に戻りまた一緒に暮らそう。」という思いを伝え、彼女はやっと同意する。ただし他の神々の許しが必要なので扉前で待ち、何があろうと現世に戻るまでは私を見てはいけない、と言い置くが伊邪那岐は我慢できず、とうとう黄泉の世界に足を踏み入れてしまう。暗くて何も見えないので自分の櫛に火をともしてしまう。人の気配を感じて火をかざすと横たわっていたのは、醜く腐りかけた伊邪那美の肉体。見られた伊邪那美は激怒し鬼などと共に伊邪那岐を追う。その追手に向けて投げつけたのが黄泉と現世の境の生えていた桃の木。その「桃の実3つ」のおかげで逃げおおせた。]

 随分、古事記上巻の一節のあらすじを長く引用しましたが、「桃」はこのように今から約1300年前の書物に掲載されているのです。魔除けの発想は中国から伝来したのでしょう。桃は仙木、仙果として尊ばれたようで邪気を避け、不老長寿の木とされていました。これはいにしえの日本でも全く同様の位置付けでした。
 例えば桃に関する語句として桃源郷(理想郷=中国の故事にあります)、桃栗三年柿八年柚子は九年でなりかねる、桃色、桃太郎(霊力がある、と信じられていた桃の実から生まれた強い男の子の童話)、桃の節句、桃割れ(江戸後期から昭和初期まで町娘の流行した髪型)………
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 また民間療法として知られていた桃の効能として、我が母は私が幼いころに汗疹ができると桃の葉を湯に入れ、それで体をふいてくれました。調べてみると桃の葉には薬効が認められ、いろいろな健康製品、薬剤等が出ているのですね。先人の知恵は素晴らしい。
 その桃は縄文期には食用として用いられていますが、奈良時代から鎌倉期にかけては、特に観賞用、薬用が中心だったようです。桃が現代のように庶民においしい果物として広がったのは明治時代以降とのこと。中国から甘味の強い水密桃が輸入されて改良を重ねられ今に至って……と言われています。
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 桃の花は関東では染井吉野の桜が散り始める前後に咲き始めます。春と桃を結び付けた♪「春よ来い」の童謡の歌詞に「♪春よ来い、早く来い、おうちの前の桃の木の 蕾もみんな膨らんで はよ咲きたいと待っている」があります。これは新潟県出身の高名な相馬御風作詞。舞台は新潟の雪国であり、大正時代の頃。桃の花は春を待つ象徴でもあったのですね。春を呼ぶ古来からのメジャーな花は…梅、桜、そして桃。花を愛(め)でてよし。果実を味わってもよし。神代から幸を呼ぶ言い伝えも、またよし。ただ、一重の桃の花は多くありません。今年の春は桃の花を探しに出かけてみては?……(あえて今、上鷺宮地区で一重の桃の花を一か所挙げるならば、中杉通と新青梅街道の交差点、北西角のお宅に咲きます)

【文・写真】 戸引 一博