「古来より花と香りが愛(め)でられ、さらにその実(み)は二千数百年前から超健康スーパー食品」さて、それは何?????

そうです。早春の使者、「梅」です。奈良時代の万葉集には「萩」に次いで多く詠まれました。その数119首。今回はその「梅」に焦点をあてました。
個人的には早春の「梅の花」、秋の小菊が大好きです。梅も我々の生活に昔から根づいていました。『「塩梅(あんばい)=梅干をつける時の塩加減」。松竹梅。花も実もある。桜切るバカ、梅切らぬバカ。』まだまだ、「梅」に関わる慣用句、ことわざがいくつもあると思います。それだけ古来より人に愛されていた証しでしょう。
梅1 何といっても「梅の実」と言えば梅干。これは健康食品の代表格。よく昔の人はこのような食べ物を作ったと感心します。生で食べると猛毒シアン化水素を生成し、生で多量に摂ると死に至る(そのように食べることはあり得ないですが…)ほど。しかし、塩漬けにすると毒が無害化する。実は梅酢、梅肉エキス等、調味料、漢方薬として存続しています。中国では2200年前の古墳《生きているような弾力あるミイラが馬王堆(まおうたい)古墳から出土》から梅を調味料とした壷が出土したようです。そのような昔から…不思議ですね。それが日本に伝わり、元祖、梅干として食され始めたのは平安時代に入ってからのようです。梅干を調べていくと面白い話がありました。現存している最古の梅干は奈良県の旧家に伝わり、漬けこまれたのは何と信長、秀吉、家康が、まだ戦乱の世に身を置いた天正4年(1576年)。438年も前のことです。今でも食べられるような良好な保存状態だそうです。まあ、梅干はスーパー食品ですね。梅干の効能は疲労回復、胃腸薬、果ては傷口の消毒、食品の防腐効果、調味料…古来、「梅の実パワー」を発見したのは素晴らしいというほかありません。

梅2青空を背景に紅梅と、前夜の解け残った雪。上鷺宮1丁目にて

「梅の実」の話はこれくらいにして本題の「梅の花」に戻しましょう。早春の1月中旬から2月にかけて咲き始めます。町内のどこを歩いても、まず、梅の香に誘われ、花に気づく。白梅、紅梅、八重の枝垂れ梅、蝋梅(ろうばい)、小梅、豊後梅………それでは万葉集から「梅の花」を詠み込んだ和歌を紹介しましょう。万葉の時代(奈良時代)は、花と言えば萩と梅。安土、桃山時代から現代にいたるまで日本の花の王たる桜は、奈良時代には、まだ表舞台に登場していませんでした。

梅3実が大きい。豊後梅の花。

我が園に 梅の花散る ひさかたの、天より雪の 流れ来るかも    大伴旅人
現代語訳(私の庭に咲いている梅の花が散っている。空から雪が流れるように降ってくるのでしょうか)

残りたる 雪に交じれる梅の花 早くな散りそ 雪は消えぬとも
現代語訳(ふり残った雪の白に交じって咲いている梅の花よ。早く散ってくれるな。雪が解け消えても)
二首共に万葉集からです。共に梅の花に対する素朴な思いが伝わってきます。

梅に花を歌った和歌で最もなじみ深いものは菅原道真の拾遺和歌集の歌でしょう。
東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)
現代語訳(春になり東風が吹くようになったら、心ならずも大宰府にいる私にその香りを送ってくれ。わが家の梅の花よ。主人の私がいなくても、どうか咲く時期の春を忘れないでくれ)

上記の三首ともに梅の花が目に見えるようで、ほのかに甘い香りが漂ってくるようです。梅の花は、まだ春遠い寒さの中で、凛として咲く姿が好きですね。

【文・写真】 戸引 一博