秋に町内を歩けば必ず見られる花。それは「菊」。秋は「菊」、春は桜、と言われるほど古来より共に親しまれた花ですね。半世紀ほど前なら上鷺宮の八成公園付近に広がる雑木林のあちこちに野菊が咲いていたことでしょう。今回紹介するのは「菊」。まず初めに「菊」にまつわる関連性あるものを思いつくままに挙げてみました。50円硬貨の刻印。パスポートの表紙。菊一文字(名刀の銘。現代では奈良、関西で刃物店の商標)、菊正宗(日本酒の銘柄)、競馬の菊花賞。……まだいろいろあると思います。また菊の紋章というと皇室関係。これは歴史的に鎌倉時代の後鳥羽上皇が身近な様々なものに使用したことにさかのぼるようです。このように菊は桜と共に「国の花」というほど知られています。私はこの中に梅を入れ日本三大名花としたいと勝手に思っています。

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では、これほど知られている「菊」がいつから日本に存在したのでしょう。中国から奈良時代に入ってきた、という説もありますが、日本には「野菊」として昔から自生していたとも言われています。「野菊」はどうやら古(いにしえ)より日本の山野に息づいていたようです。色は紫、白、紅、黄もあります。そうそう。私の世代では確か小学校で習った「野菊」という歌がありました。懐かしく思う方も多いでしょう。歌詞を紹介します。

kiku3【野菊】

遠い山から 吹いてくる 小寒い風に揺れながら 気高く清く におう花 きれいな野菊 薄紫よ
秋の日差しを 浴びて飛ぶ トンボをかろく 休ませて 静かに咲いた 野辺の花 優しい野菊 薄紫よ
霜が降りても負けないで 野原や山に 群れて咲き秋に名残を惜しむ花 明るい野菊 薄紫よ
作詞 石森延男

昭和17年に作られた歌です。メロディーが自然に浮かんできますね。

kiku4【野菊】

「菊」が日本で文化の一つとして定着し始めたのは平安時代。まず貴族社会で薬用として用いられていたようです。さらに宮中などでは9月9日を重陽の節句(菊の節句)とし「菊」を浮かべた酒を飲み、長寿、無病息災を祈る行事を行っていました。やがて「菊」が次第に庶民に定着していきました。別の方向から「菊」という文字を調べてみると、散らばったコメを一か所に集める、との意味があり、「菊」の花弁を米に見立てた、という説が有力だそうです。

では話を本題に戻し古典の中に「菊」は?………日本書紀に『「菊」理媛神(くくりひめのみこと)』として登場しているにも関わらず、不思議なことに万葉集には「菊」を詠み込んだ和歌は載っていません。しかし「百代草(ももよくさ)」という語句があります。どうやら、この花が「菊」という説があります。当時は「菊」(=野菊)という言葉はなく、中国から「菊」という漢字が入る前までは百代草といっていた、というのです。

父母が 殿(との)の後方(しりへ)の百代草 百代(ももよ)いでませ 我が来るまでは
万葉集  巻20 4326 静岡県掛川市の防人

現代訳(父母が住む母屋の裏手の百代草よ。その「ももよ」ではないが防人としての任務が終わり、無事に私が帰ってくるまで、どうか百歳までお元気でお過ごしください。)

防人として北九州に行かねばならない作者。当時、困難で険しい道のりと、いつ帰れるかわからない不安。年老いている両親を故郷に置いていく悲嘆。防人の歌は学校でも習ったように、別離の悲しみに裏打ちされた一般庶民の「恨み歌」「悲歌」でもありました。

次の和歌はとても有名です。そうです。百人一首の歌です。つまり「菊」が「菊」として和歌に詠まれるようになったのは平安時代からで、それは古今和歌集にも載っている凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の……

心あてに折らばや折らむ 初霜の おき惑わせる 白菊の花
古今集 秋下 277

現代訳《たぶん、これが白菊と思い手(た)折ってみよう…初霜が降りて一面が真っ白になってしまったので、花と見分けがつかなくなってしまった。白菊を…》

kiku5【菊人形】

白菊と霜の白さを美しく描写した和歌です。実は調べるまでわからなかったのですが、源氏物語の各巻にも、枕草子にも「菊」の記述がありました。これらからもわかるように「菊」は平安時代の貴族文化に文学として定着し始めたようです。しかし結局、庶民が「菊」を世に広めたのでしょう。江戸時代あたりから「菊」の品種改良等が盛んになり、各種の小菊、大輪の菊、菊人形展…秋の庭を、野を、美しく飾る花として……その「菊」は秋が深まるにつれて名前を変えていきます。移ろい菊(晩秋の頃、白菊が花弁の端から紫がかってきたもの)、冬菊、寒菊、晩菊(山形県にこの名をつけたおいしい漬物がありました)、残菊……これだけ人々に愛されていたことがわかります。中国では「菊」を詠み込んだ、陶淵明、漢の武帝の作品があります。私の大好きな詩です。この漢詩は高校の教科書で習った記憶がありました。やはり花をめでる感性は同じですね。私は先ほども書いたように小菊、梅が好きです。共に寒さの中で凛として健気に咲く花。年の初めに春を告げる花として咲く花が梅ならば、年の末(すえ)、一年間、人の世を慰め、豊かに彩ってくれた、花々の幕引きとして、ひっそりと消えゆく残菊。花って味わい深いですね。

kiku6【大輪の菊】

「菊」関連の豆知識
「菊」をテーマにしていますので「菊」に関しての豆知識としてルース・ベネディクトの「菊と刀」という有名な著書を少し紹介します。この本の内容は日本文化論.精神論とでも言いましょうか。
日米関係が険悪になりつつあった第二次世界大戦直前に、日本の文化.精神論などを当時としては詳細に分析した内容です。アメリカはこれから戦うことになるかもしれない日本を徹底的に研究し始めました。これは戦時中も続きます。このような姿勢が日本と戦う上には極めて有効に働きました。戦後の占領統治も。「菊と刀」はまさに日本を共に象徴する語句ですね。これを本の表題にしたのは言い得て妙です。しかし、戦中の日本は「敵国語等を学んでは一切まかりならん。」とし、海軍兵学校以外、英語教育、外来語は禁止されました。まず敵性語として禁止したのです。相手に対する大切な情報知識さえも断ち切ったのです。戦争に負ける前から情報戦に負けていた日本。これでは勝てるはずはありません。孫子の兵法に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。常に広角的客観的視野に立つことが苦手な日本。今も変わりませんね。何だか「菊と刀」を数十年ぶりに読んでみたくなりました。

【文・写真】 戸引 一博