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 梅雨の末、6月末あたりから、このような不思議な花を咲かせる「合歓(ねむ)」。 女性が使う化粧用の刷毛にも似た淡く、たおやかな、桜色の花です。 山に行くと比較的、高木でたくさんの霞んだような花をいくつも付けている合歓に出会えます。 上鷺宮地区で私が知っているのは1本。上鷺宮1丁目、上鷺東公園近くのお宅の玄関脇に咲いています。 この花が咲き始めると、もう夏休みも間近になります。
 ところで、なぜ合歓という名が付いたのでしょう。 実は不思議な植物で暗くなっていくと、時と共に小さいシダのような葉が閉じていきます。 夜には「眠ってしまうような木」から「眠りの木」。そして「ねむの木」と名前が変化していったようです。合歓は万葉集にありました。

 昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓木(ねぶ)の花 君のみ見ねや 戯奴(わけ)さへに見よ
                                   紀女郎(きの いらつめ)

 訳(昼には花が咲いて、夜になると相手を恋い慕いながら寝るという合歓の花、花を私だけに見させないでください。あなたもここに来て、その花を私と見てください。)

象潟(きさかた)の 雨や 西施(せいし)が ねぶの花    松尾芭蕉
 象潟(きさかた)=秋田県。昔は松島と並ぶ東北の名勝地
 西施(せいし)=古代中国、二千数百年前の傾城薄幸の美女。中国三大美人の一人

 訳(雨に煙る象潟に合歓の花が美しく咲いている。憂いを秘めた薄幸の美女、西施のように)

《まめ知識》
実は西施から由来するこんなことわざがあります:「顰(ひそみ)に倣(なら)う。」
故事=「荘子」から:美しい西施が胸を病み、苦しげに眉をしかめている様子を見て、
真似すれば自分も美しく見えると思い、何人もがそれをまねると周囲は不気味がって
近寄らなくなった。
意味=[1]良し悪しを考えず、むやみに人のまねをすることのたとえ。
[2]([1]と真逆の意味で)人の言動を見習うことを謙遜して言う言葉。
それほど、古来より西施さんは美しい女性とされていたのですね。
それを儚げな合歓にたとえた芭蕉。さすがです。

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合歓に関しては、あるお方が子守唄を作詞しています。

 「ねむの木の子守歌」 山本正美氏作曲
ねんねの合歓の木 眠りの木 そっと揺すった その枝に
遠い昔の夜(よ)の調べ ねんねのねむの木 子守歌 ・・・

 美智子皇后陛下の作詞です。吉永小百合、佐藤しのぶ、ヘイリー…と、いろいろ著名な方が歌っています。 インターネットで「ねむの木の子守歌」を検索すると動画と歌を聞くことができます。

 不思議な花です。合歓は……形状は決してインパクトのある花のようには見えません。 しかし、気付けば、儚(はかな)げで、たおやかで、心細げで、人を不思議な世界に誘(いざな)うような花だと思います。 万葉の時代から現代まで、和歌、短歌、俳句、詩にと微妙に人の心を揺り動かす花のようですね。 最近では身近で、あまり目にできない植物になってしまったのが残念です。

【文・写真】 戸引 一博