tachibana橘の実

 温州ミカン、甘夏ミカン、橙(だいだい)、柚子(ゆず)…味に、香りにと、お好きな方はたくさんいらっしゃるでしょう。 国内外の柑橘類は実に豊富で私たちを魅了してくれます。今回は「橘(たちばな)」のお話です。これは柑橘系の植物です。 とても酸っぱいと言われる原種の「橘」はめったに出会えないようです。現在は極めて希少価値ある植物で、静岡県沼津市戸田が北限だとされています。 今回は「橘」を広く捉え、同種類の柑橘系で「ミカン類」といたしました。季節がら、この「花」をテーマにいたします。 さて、この時期、何故、季節がらか、と申しますと、実は5月から5月末あたりに開花するからです。 下の写真が「橘=ミカン」の花です。純白で小さな花。甘く強い香りを漂わせる花です。この橘の花は…そうです。「文化勲章」のデザインにもなっています。 なぜ、栄えある勲章のデザインに「橘」が使用されているのでしょうか。それは古事記、日本書紀に記載された話にさかのぼります。

mikannohana ミカンの花:上鷺宮1丁目付近

bunkakunsyo 文化勲章

 はるか神代の時代、垂仁天皇の世。 家臣の田道間守(たじまもり)を常世の国(古代の日本では海のかなたにある不老不死の理想郷と考えられていました。)に派遣し、不老不死の霊薬 を持ち帰らせました。 これが「橘」といいます。しかし、田道間守が帰京した時は、すでに天皇は崩御。悲嘆の中に彼も世を去る。 伝垂仁天皇陵(古代の天皇陵は考古学的に疑問視されているものが多く、「伝」を付けました。別名を宝来山古墳)の周囲の堀の中に小さな島が存在し、この島が田道間守の墓といわれています。 忠臣が命がけで天皇のためにもたらした尊い生命力が宿るとされる「橘」。だから皇室に関わるいくつかの神社に植えられています。 京都御所の紫宸殿(ししんでん)の右には「吉兆の象徴の橘」が、左には「豊穣の象徴の桜」が植えられています。京都、平安神宮の拝殿の左右にも 橘と桜があります。 そうそう。ひな祭りで、内裏雛(だいりびな)の左右にも、この「橘」と「桜」の木が飾られています。 現代も「橘」等が庶民の年中行事の中にも、いにしえの伝統として息づいているのですね。

kofun手前が伝田道間守の墓、左奥が伝垂仁天皇陵

 

「橘」の説明が長くなってしまいました。本題に戻します。万葉集に「橘」を詠んだ和歌がたくさんありました。

 君が家の 花橘は 生(な)りにけり 花のある時に 逢はましものを

 訳(あなたの家の香(かぐわ)しき花橘は、もう実になってしまいました。 花が咲いている時期にあなたにお会いしたかった。時は過ぎ、もうあなたは結婚されてしまったのですね。私の思いをもっと早くお伝えしていれば… …)

ただ「橘」の和歌で最も知られているのは万葉の歌ではありません。古今和歌集のあの歌です。学校で習ったかもしれません。

 五月(さつき)待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする

 訳(五月を心待ちにして咲く 橘の香りがほのかに漂ってくると かつて愛した人が思い出されることよ。 そう。あの人の衣の袖に焚き込んだ香りが、漂ってくる橘の花と同じだった…)こちらの和歌が世に知られていますね。(この和歌は古今和歌集と伊 勢物語に収録)

上鷺宮、鷺宮を、風薫る5月に巡ると、どこかで必ず目にできると思います。どうか嗅覚と視覚を研ぎ澄まして歩いてみませんか。 きっと、この「橘=ミカン」に出会えますよ。

【文・写真】 戸引 一博