2013.10.20

 実は、我が町、我がふるさとの上鷺宮地区に、まだまだひっそりと息づいている美しい自然があるということをお伝えしたく、このようなコー ナーをつくってみました。

「ここにもあったよ! ふるさと上鷺の万葉の花(植物)」

 上鷺宮は江戸時代初期から、すでに、この地名が付いていました。歴史的には古い地名ですね。
 江戸時代から時代を一気に下って、昭和へ…50年位前には今の上鷺宮5丁目、具体的には北中野中学校、武蔵台小学校の北西あたりから都立 稔が 丘高校、杉並区のカトリック下井草教会近辺……通称:八成山という雑木林が環八あたりまで断続的に続いていました。小学生の頃、この八成山へ、鳥、 カブトムシ、クワガタ等を捕りに行きました。(八成小学校、八成公園、八成橋等という現在の地名がその名残を残す)また、上鷺宮小学校北に1960年前 後まで千川上水といわれた、飲料水になる深い谷底のようなところを流れる川がありました。そこでは、フナやハヤが泳いでいました。昭和初期は、この 千川の流れに沿って椎名町あたりまで、この両岸に桜並木が連なっていたそうです。1964年、東京オリンピックのための建設ラッシュの一環で千川は暗 渠 になり小川は姿を消しました。それが、この時に道路を拡張し、今は千川通りとしてなじみ深くなっています。
 この東京オリンピック大開発と前後して、ご多分に漏れず上鷺宮地区も、畑が、雑木林が、原っぱが、次第に宅地化され、現在に至っています 。(今は交通の大動脈となっている新青梅街道も、この時に建設されたものです。ちなみに中杉通りは歴史的にとても古く、鎌倉時代にいくつか造られた 鎌倉街道の一つとして浜田山~川崎~鎌倉へ続いています。)
 ところで今回、北鷺町会のブログができたことをきっかけに、上鷺宮地区の密やかなる良さを地域の皆様に知っていただこうと一念発起し、カ メラ片手に上鷺?いや、ふるさとを巡ることにしました。ふるさとの美しさを探して……そこで考えあぐねて、花(植物)に目を向けました。ただ、花を 撮るだけでなく、どうせなら、だれもが一度、授業で触れたことのある「万葉集」に力を借りて「万葉の花(植物)と共に、ふるさと上鷺宮を見直して みよう!!」と思い立ちました。お付き合いいただければ望外の喜びです。
 今回は「尾花=ススキ」をカメラに収めました。撮影場所は上鷺東公園付近です。

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万葉集   人皆は 萩を秋といふよし 我は尾花が 末を 秋とはいはむ
現代語訳(みんなは、「萩が秋の花だ」と言うけれども 私は「尾花こそが秋の花だ」と言おう。

 このように皆と異なった視点で物事をとらえられることは、いつの世も大切かもしれませんね。ちなみに、万葉集の中で一番、多く歌われた花 は「萩の約140首」、次いで「梅は約120首」だそうです。「桜は40余首」。桜が歌の中心になるのは奈良時代を経て平安時代あたりからのようです。
このような形で「ふるさとの花」をご紹介できれば…と思っております。私は万葉学者でも植物学者でもありません。万葉、古典、植物に関し ても、ただ、好きということで、極めて浅薄な知識で恥ずかしい限りでございます。不勉強な点が多々あると思います。その時は、ご指摘の上、どうかご 指導ください。
 今回は「尾花」を扱ったことから、今後、機会がありましたら、残りの「上鷺宮の秋の七草」をご紹介したいと思います。ただ、萩、尾花、朝 顔、撫子、フジバカマは確認しましたが(地域を回って調べました)、如何せん「女郎花(おみなえし)、葛(くず)」は難しいかもしれません。来年、 秋の課題にさせてください。
 もし良ければ、このコーナーを年に何回か更新したいと存じます。可能であれば、さらに上鷺宮近辺の歴史のご紹介も考えております。今回は 目に留めて下さってありがとうございました。

 上鷺宮在住の一古老より